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中年期の危機

実の父親以上に慕っていたフロイトと決別した後のユングは、
自分の「いままで」と「これから」の狭間でもがき苦しみました。

 

今までの生き方は正しかったのか?
これからどんな方向性で治療行為に当たっていけば良いのか?

 

その姿は、あたかも
「衝動に任せて家出をしてきた青年」のようであったと、

ユング自身が後に語っています。

 

フロイトの理論にしばられることに強い抵抗感を覚えていたものの、
「じゃあ、お前にはどんなやり方があるんだ?」

「おまえの理論はどんなものなんだ」と問われれば、
明確な答えは見つかっていない…。

師との決別は、ユングにとっては
想像以上の精神的ダメージだったようですね。

 

客観的に見れば、
人生の前半が終わってこれから後半に入るという時期でもあり、

いわゆる「中年の危機」と呼ばれる状態を迎えていたとも考えられます。

 

中年の危機とは、それまでひたすら頑張って走り続けてきた人が、ふと、
「これでよかったんだろうか」と自分を振り返って悩む時期のこと。

誰もが経験する危機ですが、ユングにとっては状況が状況だけに
ダメージがかなり大きかったんでしょうね。

ユングを苦しめた幻覚

自らの生き方に悩むユングは、繰り返し
「幻覚」を見るようになっていきます。

 

幻覚…そう、ユングが治療の対象としている精神病状態の人々が訴える症状です。

 

ある日、考え事をしていた彼は、突然、
脚元が崩れ落ちて暗闇の中に落ちていく感覚を覚えたのだとか。

そして、やがて、目の前にミイラのような小人が現れたというのです。

 

さらに幻覚はエスカレートしていき、

 

・頭に傷を負った若者の死体
・巨大なスカラベ

 (コガネムシの一種。エジプトでは印章やお守りとして多用される)
・血が噴出している様

 

…と、理解することが難しい幻覚を見るようになっていきます。

 

これは、彼にとっては相当なショックだったでしょうね。
精神医学の専門家だったわけですから、

「幻覚を見るようになる」ということがどういうことか、
その意味を誰よりも分かっていたハズですから…。

幻覚から見出したもの

ユングは、自分自身の中にも精神病的な要素があると自覚していました。
しかし、これまで、

「自分の中に浮かんできたイメージをそのまま受け止めてください」
…と患者たちに指導してきた手前、

自分が幻覚から逃げるわけにはいかないと考えたようです。
彼は、自分の幻覚を受け入れることに挑みました。

 

この頃、ヨーロッパの国々が洪水に飲み込まれてしまうと言う幻覚や、
「寒波が襲来して全土が凍りつき、生き物が死んでしまう」

というような夢を何度も見ていたのだといいます。

 

そして、1914年7月、第一次世界大戦が勃発。
ユングは、数年に渡って自分を苦しめてきた幻覚は、

単に自分自身の内面の問題に留まらず、
ヨーロッパの危機を感じ取って生じていたものだったことを悟ったのです。

 

ちょっと表現が軽いかもしれませんが、「虫の知らせ」のような…。
(ある意味、占い師みたいですよね…笑)

 

ヨーロッパの情勢と自分の内面の変化を関連づけるあたり、
実にユングらしい発想だと思いませんか?

これは「集合的無意識」の理論にもつながってくると思います。

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