ヘッセとユングの親交
フロイト、ラカン、プラトン、ザビーナ・シュピールライン…と、
ユングについて調べていくと、様々な人物の名前が出てきます。
しかも、歴史に名を残す著名人ばかり…!
『デミアン』で知られるドイツの作家、ヘルマン・ヘッセもその一人。
世界が第一次大戦下にあった1917年頃、40代に差しかかったヘッセは、
父の死、末子の重患、妻の精神病悪化、
そして第一次大戦の影響などもあり、
深い精神的危機を経験しています。
この時、治療のために精神分析を受けていたのが
ユング派のラングという分析家。
この体験はヘッセに大きな影響を与え、
のちに名著として時代を超えて読み継がれることになる
『デミアン』を生み出すきっかけとなったのです。
その後、ヘッセはユングとの親交を深めたと言われています。
事実、ユングがフロイトから独立して設立した
「心理学クラブ」にもヘッセが訪れていたことが分かっています。
そして50歳になった年に『荒野の狼』を発表。
『デミアン』と『荒野の狼』の2作は、
「ユングの影響が強く表れている作品」として
ヘッセファンのみならず
ユング心理学愛好家の間でもよく読まれている作品です。
ヘッセの名著・『デミアン』 具体的なストーリーは?
ヘッセがユングの心理学に出会い、ある種の
“インスピレーション”を得て生み出されたという『デミアン』。
ヘッセの代表作とも言える作品ですが、どのような内容なのでしょうか。
デミアンは、第1章〜第8章で構成されています。
10歳のエミール・シンクレールは、ある日、
13歳のフランツ・クローマーによって
悪の世界に引きずり込まれてしまいます。
そのとき、転校生としてやってきたのが、マックス・デミアンです。
デミアンは、クローマーと話をつけてシンクレールを救ってくれました。
しかしデミアンは、シンクレールに対して
神の世界と悪魔の世界とについて語り、
それを聞いたシンクレールは、自分がもう子供ではいられず、
「ひとり立ち」しなければならない時期にあることを感じます。
高等中学校に進んだシンクレールは、あるとき、
少し年上の少女と出会います。
彼女の名前を知らなかったため、
ダンテの神曲から「ベアトリーチェ」と名づけました。
四六時中、彼女のことが頭から離れないシンクレールは、
彼女の肖像画を描きます。
…が、それは、よく見ると、デミアンそっくり!
しかし、さらによく見ると、それはなんと自分自身だったのです。
そんなある日、シンクレールは、
本の間にデミアンからのメッセージが挟まっていることに気付きます。
「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。
生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。
鳥は神に向かって飛ぶ。神の名は、アブラクサスという」
シンクレールは、音楽家ピストーリウスから、
このアブラクサスという神についての講釈を受けます。
その内容は、
「われわれの見る事物は、われわれの内部にあるものと同一物だ」
というもので、デミアンの言葉と全く同じ。
そこで初めて、シンクレールは、
自分自身の“目覚め”を意識するのです。
その後、シンクレールはデミアンと再会。
「きみは変わったけれど、きみにはしるしがあるじゃないか」と、
“カインのしるし”を指摘されます。
この“しるし”を持っている人は、目覚めたもの、
あるいは目覚めつつあるもの。
新たな前例の無いことを遂行し、
新しい順応によって自分の種を救うことができるものだけが
このしるしを持っているのです。
そこで戦争がはじまり、現実的に古い世界の崩壊が近づいてきます。
シンクレール自身も、やがて兵士として戦場へ。
彼は、多くの兵士の顔に、“しるし”認めます。
シンクレールは戦場で負傷。
馬小屋のわらの上に寝かされている時に、
デミアンにそっくりの人物に話しかけられます。
(…というより、デミアンだったんですね)
短い会話を交わし、去っていくデミアン。
シンクレールは、自分自身が、
デミアンに似てきていることを感じていました。
ユングとヘッセの類似点
ユングの心理学を多少なりともかじったことのある方は、
おそらく、上記の内容を流し読みしただけでもヘッセとユングの間に
通じるものがあることを感じ取るのではないでしょうか。
デミアンの中には、
「自己の道をさぐって進む、という一事意外に
全然なんらの義務も存しない」
「各人の天職は、自分自身に達するというただ一事あるのみだった」
「自己の運命を見出し、それを完全にくじけずに生き抜くことだった」
…といった記述が出てくるのですが、
これはユングの言う「個性化」の考え方と非常によく似ています。
このことからも、ヘッセが、自らの精神分析を通じて
ユングの思想から強い影響を受けていたことを窺い知ることができます。
【オススメ本】
ヘルメティック・サークル 晩年のユングとヘッセ
ミゲル・セラノ/小川捷之
みすず書房